声明

 新大学設立準備体制の速やかな再構築を求める

                       2003年10月7日

                       東京都立大学総長 茂木俊彦

 私は、東京都大学管理本部長に対し、新大学の設立準備の進め方をめぐって、現都立大学を代表し、かつその全構成員に責任を負う立場から、これまで2回にわたって意見を表明してきた(9月22日および29日)。

それらは、去る8月1日、大学管理本部が唐突にもそれまでの設立準備体制を廃止し、新しい準備体制に入ったと宣言したこと、またすでにまとめられていた「大学改革大綱」とその具体化の努力の成果を破棄し、現大学には何の相談もなしに「新しい大学の構想」なるものを一方的に公にしたうえで、今後はトップダウンでその具体化をはかるとしたこと、そしてそれを実際に強行していることに対応したものであった。

 しかるに、その後の推移を見るに、大学管理本部はこうした検討・準備体制を改めることなく事を進めていると判断せざるを得ない。これはきわめて遺憾である。

私を含む都立大学の構成員は、大学改革の全国的な動きの中で、改革を自らの課題として真摯に受け止め、これまで相当の精力を注いできたし、今後もそれを継続させる意志がある。

新大学を清新の気風あふれるものとし、学生や都民、時代と社会の要請に応える素晴らしい大学として発足させたいという赤心の願いを込めて、ここに改めて総長としての見解を表明することとする。 

 

 いま設立の準備過程にある新大学は、現存する都立の3大学1短大の教員組織、施設・設備を資源として設立されるものであり、全く新しく大学を設置するのではない。これは、大学設置手続きという面からみれば、現大学から新大学への移行であるに他ならない。「既存大学廃止・新大学設置」という言い方が許容されるとしても、それは既存大学の有形無形の資源が実質的に新大学に継承されるという条件が満たされる場合であり、これを移行というのである。

 しかも、ここでいう教員組織は、単に抽象化された員数の集合にすぎないのではない。それは、憲法・教育基本法をはじめとする関係法規に従い、学生ないし都民に対して直接に責任を負って大学教育サービスを提供することを責務とする主体の集団であり、また長年にわたって研究を推進し、今後それをさらに発展させようとする主体の集団である。それゆえ既存大学からの移行、新大学設置を実りあるものにするには、教員がその基本構想の策定から詳細設計にいたるまで、その知識と経験を生かし、自らの責任を自覚しつつ、自由に意見を述べる機会が保障されなければならない。

ところが東京都大学管理本部は、都が本年8月1日に公表した「新しい大学の構想」にあらかじめ「積極的に賛同する」という条件を設定し、これを認めなければ設立準備過程に加えないという方針を、いまだに維持している。これは設置手続き上、また市民常識的にも、正当なものだとは到底言えない。

私は、言うまでもなく新大学の設立に反対なのではない。重要なことは、大学およびその構成員と都・管理本部の間で自由闊達に議論が行われ、合意形成へのていねいな努力が重ねられることであると考える。そうしてこそ豊かな英知を結集することが可能となり、学生・都民さらに広くは時代と社会の要請に応えうる新大学ができるのだと思う。総長としての私は、このような認識は本学の部局長をはじめ、すべての教員・職員にいたるまで基本的に共有されているものと確信している。

また、このような合意形成過程が推進されていくならば、本学で学んでいる学生、院生の間にすでに生じている不安・動揺を除去し、安心して学べる環境を作り出し、本学を志望する受験生によい影響を与えることもできるであろう。

新大学を東京都が設置するに値する優れた大学とするために、大学管理本部が上記のような準備体制を刷新し、大学との開かれた協議を行う新たな体制を急ぎ設定し直すことが、喫緊の課題となっている。私は、大学管理本部がかかる課題に誠実に対応し、可及的速やかに設立準備の推進体制を再構築することを強く求めたい。

 大学管理本部は最近、「新しい大学の基本構想を実現していくための教員配置案」を示し、教員1人ひとりに、@この配置案、Aそれを前提にした新大学に関する今後の詳細設計への参加、B詳細設計の内容を口外しないことの3点に同意する旨を記した書類(同意書)に署名して提出することを求めてきた。大学教員の中には、この構想に基本的に賛同する者、一部賛成・一部反対の者、さらに全体として反対の者もいて不思議ではない。問題は、いかなる立場の者も自由に意見を述べ、それを戦わせ、そのことを通じて大学づくりに参加できるかどうかにある。9月29日付で管理本部長宛に提出した総長意見ですでに指摘したことであるが、このようなことを無視し、あらかじめ新しい構想に包括的に賛成することを条件として、詳細設計への参加を求めるのは、大学管理本部の言うトップダウン方式に含まれる問題点の象徴的な一例である。管理本部は早急に「同意書」提出要求の白紙撤回をすべきである。

  ここに重ねて強調しておきたい。われわれはよい大学をつくるための努力をいささかも惜しまない。特に、現都立大学を代表しかつ全構成員に責任を負う立場にある者として、私は、都立大学のすべての教職員の一致した協力を得つつ、かつその先頭に立って、都立の新大学をすべての都民及び設置者の負託に応え、活力と魅力にあふれる充実した教育・研究・社会貢献の場とするためのあらゆる提案を真摯に吟味し、その実現のために最大限の努力をする所存である。この立場からここではあえて3点についてのみ言及しておくこととしたい。

第1は、独立大学院を含む大学院問題である。新大学の大学院は、学部と同時発足させることが重要であり、大学院の構成等についても学部と同時に検討を進めるべきであると主張してきた。それは前者を考えずして後者を適切に構想することは難しいという認識に立ってのことであった。それは同時に現大学の院生、来年度入学の院生の身分と学習権の保障のための方策を明確化する上でも有効である。大学院としてどのような研究科を設置すべきかについて、われわれは、すでに提示しているものも含んで、新たな提案を行う用意がある。

第2は、基礎教育、教養教育の充実の問題であり、それに向けても積極的提案が可能であることを明言しておきたい。とくに語学教育および情報教育、基礎ゼミ、課題プログラムなどに関して、われわれには何回もの審議を経て検討を深めてきた実績がある。これらを生かし、さらにインテンシブに吟味すれば、短期間しか与えられなくても、ゼロから出発するよりもはるかに豊かな内容を提示できるという確信がある。念のために付言しておけば、これらの問題の正しい解決は、専門教育、さらに前項に述べた大学院における教育のあり方の検討にもプラスの効果を与えることは明らかである。

第3は、教員免許や資格取得の問題である。都立大では現在多くの教科の教員免許状を取得できるだけのカリキュラム編成と教員配置を行っている。しかるに、現段階で管理本部が提示しているコースの設置案と教員定数配置では、文科省による教職課程の認定も難しい状況が生まれ、少なくともいくつかの教科の免許状の取得が困難な大学となる危険性がある。また工学系においては主要な大学が採用しつつある技術者資格(JABEE)に必要な科目編成が困難になることが予想される。これらの問題が学生や受験生、ひいては新大学の将来に与える影響がきわめて大きいことは、大学を知る者の常識である。

最後に、新大学における人事の問題について一、二の言及をしておきたい。これまで教育研究に重要な役割をはたしてきた助手の問題について突っ込んだ検討が行われていないのは遺憾である。加えて教員の任期制・年俸制の導入に関する問題についても指摘しておきたい。管理本部はこれについて積極的であることが伺えるが、仮に新大学ではすべての教員について任期制・年俸制を適用する方向をとろうとするのであれば、これを看過することは難しい。任期制・年俸制の問題は、軽々に結論を出す性質の事柄ではない。国際・国内動向に目を向け、また合法性の検討を行い、現大学で仕事をしている教員の意見を聞く等々のことをせずに、安易に結論を得るようなことは断じて避けるべきである。

東京都立大学も加盟する公立大学協会は設置団体と国に向けて「公立大学法人化に関する公立大学協会見解」(平成15年10月2日付)を提示したが、そこでは「法人化に際しては、大学の教育研究の特性に配慮すること」「法人化は大学と十分に協議し、双方の協働作業として進めていくこと」等が強調されている。私は、これらについて賛意を表しつつ、今後の準備作業がよい形で進むことを切に願うものである。