意見書
 

勤務条件交渉についての弁護団意見 
2004年 7月28日
東京都立大学・短期大学教職員組合弁護団
弁護士 尾林 芳匡 
弁護士 松尾 文彦
弁護士 江森 民夫
 

 1 「任期制」について

 2 定款および規則の提案

 3 当局の提示する勤務条件は不利益変更

 4 「昇任基準」と「任期制」との連動
  (1)誠実に答える姿勢を欠いた回答
  (2)当局自身の資料によって連動は明らか
  (3)「政策選択」の名による合理化は許されない。

 5 「旧制度」は不利益変更
  (1)不利益変更は明白
  (2)昇任(人事)は教学部門で決すべき


 都立大学・都立短期大学職員組合は、都立4大学の公立大学法人「首都大学東京」への統合・移行について、教職員の雇用と勤務条件を擁護する立場から東京都当局と交渉を開始しており、その中で当局から書面による回答も出されている。今般当弁護団で当局の回答について検討した結果について、次の意見を述べる。

 1 「任期制」について
 組合が、「任期制」は教育研究に責任を持つ組織において十分な検討を行い慎重かつ限定的に導入すべきことを求めているのに対し、要旨次のように回答している。
 @大学教員任期法および労働基準法が有期契約を可能としている。
 A「研究員」については、通算8年、「准教授」については10年の範囲で、教授については年数を限らず、通常の勤務成績・業績を上げていれば、再任できる制度とする。
 B評価については、各専門分野の特性に配慮した評価基準を策定し、教員が参加する人事委員会と教員選考委員会において実際の評価を行い再任等を決定していく。
 しかしこれらの回答は誠実さを欠くものである。
(1)組合が指摘しているのは任期制を導入することが大学の研究・教育に責任を持ってこれを発展させる上で合理性が認められないのではないかという点であり、労働者が合意するときに法律上可能であるか否かではない。当局の回答は、大学において任期制を導入することの合理性を、何ら具体的には説明しようとしていないものである。当局は、任期制を導入することでどのように大学の研究・教育の質が向上するのかについて、具体的に説明すべきである。もしこれをしないとするならば、任期制が、研究・教育にとって何ら合理的なものではなく、単に教員の地位を不安定にしその権利を弱めるためのものであると自ら認めるに等しいものである。
 任期制を労働者および労働組合が合意していないのに一方的に導入することが許されないのは当然である。そして、任期制に同意しなければ昇給・昇任ができない制度にもまったく合理性がないことは明らかである。
(2)当局は導入しようとしている任期制は通常の勤務成績・業績を上げていれば再任されるものであるとくり返し述べる。しかしこのような制度であれば、それはもはや任期制とは言えず、期限の定めのない契約としつつ、勤務成績・業績が著しく不良な場合に解雇すれば足りるのである。当局が任期制に固執しつつ、このような抽象的な説明を繰り返すのは、任期制への同意を促し、任期制によって教員の身分保障を著しく弱める意図に他ならない。
(3)当局は、教員の評価について、各専門分野の特性に配慮した評価基準を策定し、教員が参加する人事委員会と教員選考委員会において実際の評価を行い再任等を決定していくと説明している。しかし評価をそのように行うためには、その前提となる学部の組織や教学過程についても、「各専門分野の特性に配慮」し、「教員が参加」した体制で検討しなければならないはずである。2003年8月以降、当局が現行4大学の教職員との誠実な協議の中で4大学の統合を検討することを拒否することを言明しているもとで、移行後の教員評価についてのみ「各専門分野の特性に配慮」し、「教員が参加」した体制で行うと唱えても、何ら説得力がない。当局は、教員の評価について「各専門分野の特性に配慮」し、「教員が参加」した体制で検討しようとするならば、現時点の現行4大学教員に対する頑迷な態度をただちに改め、統合後の大学に関するあらゆる問題について、現行4大学の教員との間で開かれた誠実な協議を行うよう、その態度を改めるべきである。

 2 定款および規則の提案
 組合は、「任期制」の導入について、定款およびそれに基づいた規則の案を示して協議すべきことを要求しているが、これに対し当局は、大学教員任期法で要求される規則、労働基準法で要求される就業規則は平成17年4月の設立前に新大学設立本部―経営準備室で案を策定して提示するが「今後詰めていく」内容があり、就業規則(案)を提示していないのは当然だと回答している。
 しかし、この回答も組合の要求を歪曲したものである。当局は、任期制を標榜しながら「通常の勤務成績・業績を上げていれば再任される」と宣伝し、現行4大学における教職員の生涯賃金よりも明らかに低下する賃金制度を提案しながら「不利益変更にあたらない」と主張している。これに対し組合は、規則の案が示されれば、その文面の客観的な解釈についての交渉ができるし、現行4大学の処遇と比較してどれだけ不利益になるかを算出することもできることから、規則の案を示しそれに基づいて交渉を行うことを要求してきたものである。
 当局は、このように交渉の前提として規則の案を提示することを求める組合の要求に対して、交渉の途中である以上規則の案の提示を求めることはおかしいと主張しているのであり、組合の主張の歪曲の上に立つ道理のない回答であることは明白である。
 また、定款および規則の提案が設立直前であれば、組合において十分な検討も十分な意見表明も困難である。当局は速やかに規定の案を策定し、教職員の賃金がどのように変化するかの具体的な試算も組合に示し、誠実な交渉を行うべきである。

 3 当局の提示する勤務条件は不利益変更
 組合は、当局から現在提示されている「新制度=任期制・年俸制」は、明らかな不利益変更にあたると主張しているのに対し、当局は、要旨次のように回答している。@「新制度」は通常の職務を行い通常の業績を上げていれば下がらないから不利益変更に当たらない。A評価制度を前提とした「任期制」で各教員の業績が適正に評価されるから教員にとって不利益変更とはならない。
 しかしこれらの回答も正当なものではない。
(1)当局の提示によると、「新制度」でも、とくに若い教員にとっては、現在正当に期待できる賃金が大幅に減少する。「通常の業績」をあげていても助手(研究員)は8年、助教授・講師(准教授)は10年しかその給与が期待できない。したがって生涯賃金が大きく減少することは疑いない。
(2)当局の主張するような適正な評価が行われる保障も乏しい。民間企業における「成果主義」賃金も、評価が不公正であることや総額賃金が抑制されること、あるいは評価者との人間関係などによって評価が左右され真に組織としての業績につながらない等の弊害が指摘され、見直しが始まっている例も多い。
 また、大学における学問研究や教育は、営利企業のように収益によって評価することができるものではないから、その適正な評価は、営利企業におけるよりもさらに困難である。
 したがって、評価制度を根拠にして不利益変更にはあたらないとする当局の回答は、まったく理由にはならないものである。

 4 「昇任基準」と「任期制」との連動
 組合は、「昇任基準」と「任期制」とを連動させるべきではないことを主張し、これに対し当局は要旨次のように回答している。@助手の昇任審査は、助手再配置の誘因ではない。A昇任審査等の新制度は、新法人の「政策選択の問題である」とする。
(1)誠実に答える姿勢を欠いた回答
 当局は、助手の昇任審査と再配置との関係についてのみ回答しているが、組合の要求の核心は、昇任問題を「再配置」、「任期制・年俸制」など都が構想する新大学のあり方への同意を強制する道具として利用してはならないという点にある。このような利用が行われれば、本来、新大学における勤務条件は、現行大学の教職員との協議をもとに決定されるべきであるにもかかわらず、現行大学の教職員の自由な意見が抑圧され、都の意向が押しつけられることになるからである。
 このような性格の問題であるにも関わらず、その一部にだけ申し訳程度に回答する都には、組合の要求に誠実に答えようとする姿勢が欠けている。
(2)当局自身の資料によって連動は明らか
 この間当局自身が明らかにしてきた材料に即して考えれば、昇任問題が、「再配置」、「任期制・年俸制」に連動させられていることは明らかである。
 当局の「新大学の教員の任用制度」によれば、助手の昇任及びいわゆる「旧制度」(終身雇用。昇給・昇任なし。)と「新制度」(昇給・昇任あり。任期制・年俸制。)の選択問題は、次のようになる。
 すなわち、昇任しようと思えば、「新制度」を選択しなければならないのはもちろん、その前段では「昇任審査」を受けなければならない。そして、「昇任審査」を受けるためには、新大学を担当していなければならず、そのためには、「意思確認書」を提出していなければならないのである。
 他方、都が構想する再配置は、その内容について、「もっぱら『経営的観点』と機械的な平準化論に基づいており、助手の教育研究、とくに新大学における学生や院生の教育上の職務を考慮したものではないことを当局自身が認めています。」(組合の2004年6月14日付「助手再配置問題に関する緊急要求」)などと厳しい批判が寄せられているものである。
 そして、当局の「新大学における研究員(助手)の任用制度について」が「現在、理工系の助手については、大学間、学部・学科間でアンバランスがあることから、新大学の設置に当たっては、その再配置を行う。」、「助手の再配置を適切に行うため、一定の要件を満たす者については、新大学において『准教授B(仮称)』という呼称を使用することを認める。」とのべていることから明らかなように、助手が新大学を担当することが前提である。これに関連して、管理本部は、組合との交渉の中で、「意思確認書を出さないで助手のまま残る人は、再配置しません。旧大学担当ですから。」とも述べている。
 以上のことから明らかなことは、助手が昇任しようと思えば、新大学を担当せねばならず、かつ、「任期性・年俸制」の「新制度」を選択しなければならないのである。この点に関しては、昇任審査に合格しても、「新制度」を選択しなければ、昇任できないとの説明を組合に行っている。また、当局が示した「准教授B」に「昇任(学校教育法上は助手であるから、厳密な意味で昇任とは言えない)」する「一定の要件」では、「いずれかを満たす助手」の二つの要件のうちの一つとして、内容上問題が指摘されている再配置を受け入れることが掲げられている(一定の要件2‐再配置になる助手で、過去3年間において、研究実績があるもの)。
 これは、まさに、「昇任審査」を「再配置」の誘因とし、「任期制・年俸制」と連動させることにほかならない。
(3)「政策選択」の名による合理化は許されない。
 このような制度は、都の回答のように「政策選択」の名で合理化できるものではない。
 組合弁護団意見書その2「東京都の『新大学』における任期制の導入に関する弁護団の意見書」(2004年)2月9日付)は、新大学設置の根拠法である地方独立行政法人法によれば、移行型独立行政法人である新大学においては、現教職員の身分は当然包括的に新大学に移行するのであって、身分移行にあたって教員の身分保障を否定したり、勤務条件を一方的に切り下げることは許されないこと、さらに「大学の教員の任期に関する法律」(任期制法)や労働基準法等に照らしても任期制等の一方的押しつけが許されないことを詳細に明らかにした。
 また、地方独立行政法人法成立の際の参院附帯決議は「地方独立行政法人への移行等に際しては、雇用問題、労働条件について配慮し、関係職員団体又は関係労働組合と十分な意思疎通が行われるよう、必要な助言等を行うこと。」と述べている。
 すなわち、新大学における勤務条件を都が一方的に設定し、「昇任審査」を誘因にして、現在の助手の意思を押さえつけて、その勤務条件を押しつけるということは諸法に照らして違法なのであって、「政策選択」だとして合理化できるものではないのである。

 5 「旧制度」は不利益変更
 組合は、当局の提案する「旧制度」は不利益変更であると主張し、@教育研究部門(教学部門)の下での公正で透明な評価に基づく昇任機会を定める、A経営部門が少なくとも中期計画期間の職位、在職年数による給与基準を公表する、B住宅手当、扶養手当等は労働者として当然の権利であり、それらの支給を保証する、という3点を提案して根本的な改善を求めた。
 これに対し当局は次の通り回答している。@「旧制度」、「新制度」の制度全体で不利益変更に当たらない、A昇任機会は、教員が参加する人事委員会によって、公正で透明な評価に基づき、昇任の機会が担保される。しかし、昇任する場合は、「新制度」を選択する必要がある。B旧制度の給与水準は、諸手当を含め、現行と同様の基準を就業規則に定め公表すると回答した。
このうち給与水準の公表(B)は当然のことであり、問題はその時期と内容であるが、他の@とAには、以下のような問題がある。
(1)不利益変更は明白
 「旧制度」、「新制度」の全体で不利益変更に当たらないとの回答は、まったくの誤りである。
 まず、「旧制度」についてみれば、従来、地方公務員の場合には「昇給」や「昇格」の権利が法的に保障されてきた。
 東京都の条例では文言上は、「良好な成績」をおさめている場合に定期昇給の機会があると規定されているが、運用上は原則として定期昇給の機会があった。また昇格の機会は当然保障され、昇格できない身分の教員などは存在しなかったのである。
 このような身分を有していた教員を、昇給・昇任なしの身分にすることは労働条件の不利益変更に他ならない。
 他方、「新制度」を選択すれば、昇給・昇格の機会はあるが、任期制によって、定期的に首切りの危険にさらされることになる。従来の終身雇用からの不利益変更であることは明らかである。
 したがって、「旧制度」、「新制度」いずれをとっても、不利益変更なのであるから、これら制度全体も不利益変更である。
 仮に、新旧制度の選択ができるとの主張がありうるとしても、一人ひとりの教員は、従来、終身雇用で昇格・昇給の機会があった立場から、これらのいずれかを放棄しなければならない立場を強制されるのであるから、選択の余地をもって、勤務条件の不利益変更を否定することはできない。
(2)昇任(人事)は教学部門で決すべき
 当局は、昇任の機会について公正・透明が担保されるという。
 しかし、当局の構想は、あくまで、「新制度」を選択しなければ昇任の機会がないということが前提なのである。なぜ、「旧制度」選択者には昇任の機会が与えられず、「新制度」選択者のみにこれが与えられるのかがもっとも不公正・不透明な点なのであって、これを不問に付して、教員が参加する人事委員会云々を持ち出してみても、何らの解決になるものではない。
 しかも、従来、大学教員の昇任を含む人事等の重要事項は、教授会によって決定されてきた。これによって、学問の自由と大学自治が保障されるからである。
 衆議院、参議院でも任期制法の決議にあたり「学問の自由および大学の自治尊重を担保としている教員の身分保障の精神が損なわれないよう十分配慮する」との付帯決議がなされている。
 昇任を教学部門で決定すべきであるとの組合の要求は、このような意味を持つものであり、単なる手続問題に解消できるものではないのである。
 当局の回答は、あくまで教員が「参加」する人事委員会による昇任決定であり、学問の自由と大学自治を保障する見地は全く欠落しているのである。
                                                以 上