「都立新大学設立準備委員会 平成14年度 検討の中間のまとめ 
  法人化・大学運営分科会関係」に対する教職員組合の見解


2002年9月17日

東京都立大学・短期大学教職員組合中央執行委員会


2002年9月5日、都立新大学設立準備委員会は「平成14年度 検討の中間のまとめ」を決定した。この「中間のまとめ」、特に「法人化・大学運営分科会関係」の部分は、第1に新大学に勤務する教職員の身分を「非公務員型」とし、第2に大学法人運営の大枠について経営と教学の区分と経営の優位を明確にうちだしている。われわれはこの内容、さらにはその決定のプロセスがきわめて大きな問題をもっていると認識している。
 まず第1に「中間のまとめ」の「人事制度のあり方」では、教職員の身分を「非公務員型」としている。昨年11月に発表された「東京都大学改革大綱」において、すでに「非公務員型」について「積極的な検討を行」うとしていたが、今回の「中間のまとめ」では「非公務員型」が明確にうちだされた。「非公務員型」を選択する理由として「中間のまとめ」は、「地方公務員法体系にとらわれない、より柔軟で弾力的な雇用形態及び給与体系、勤務時間体系」、「営利企業の役員等を含む兼業・兼職」についての「弾力的な運用」、「事務職員等」の「専門的知識等を重視した採用」、そして「能力・業績主義に基づく人事給与制度」の導入をあげている。
 これらの理由がどれほど説得的であろうか。まず公務員身分のままでも教員の兼業は可能である。非常勤講師などのかたちで、これまでも都立の大学の教員は教育活動を通じた社会的貢献を行ってきているではないか。昨今推奨されている営利企業の役員等への就任自体、大学教員の本分にふさわしいか否かについては議論があり、いわんやこれを「非公務員型」採用の理由にあげる根拠は薄い。また職員の採用についていえば、公務員身分のままでも「大学職員としての専門的知識を養う」ことは可能である。これまで、例えば大学図書館に司書を配置しないことなどからわかるように、東京都当局に戦略的人事配置の観点が欠如していたため「大学職員としての専門的知識を養う」ことが個々の職員の努力にまかされてきたという状況こそ問題なのではないか。さらに能力・業績主義導入に関していえば、大学はもともと能力・業績に基づいた人事が行われてきたのであって、「中間のまとめ」がこだわる能力・業績主義の本意は、給与などの査定に結びつけられるように短期に業績を評価することにある。こうしたことが大学で実施されれば、長期にわたり地道な調査・研究が必要となる基礎的研究や、金にならない研究が淘汰されてしまい、また業績として評価されにくい学生・院生に対するきめ細やかな指導を継続して行うことが困難になるであろう。そのことが都立の大学における研究・教育に対して、大きなマイナスを与えるおそれがあることは再三指摘してきた。最初にあげている「弾力的な雇用形態」が任期制などの導入を想定しているならば、上の懸念はいっそう現実のものとなる。このように考えると、「非公務員型」を導入する理由は、都職員の大幅削減の絶好の機会という以外に、いったいどこにみいだされるのであろうか。
 また「非公務員型」の採用は、都立の大学のみの問題をこえて、日本の学術体制にも大きな影響を及ぼすであろう。今回の「非公務員型」採用は、教員を教育公務員特例法の適用から切り離すものである。教特法は、教育を通じて国民全体に奉仕する教育公務員の職務と、責任の特殊性に鑑みて制定されたものである。これを教員が好き勝手な行動をする根拠だなどと決めつける向きも一部にあるようだが、法人化を機に教特法から教員を切り離し、かつ多くの私立大学で重視されている教特法の精神の尊重をも採用しないという動きがあるとすれば、日本の学術体制全体にとっても大きな危機であるといわざるをえない。
第2に「運営組織のあり方について」の箇所で、経営と教学の区分が明確にうちだされている。理事長(仮称)が法人を代表して業務を執行し、学長は「教育研究機関」としての大学を代表するとなっているが、学長は単に学外者をも含む多数の理事の一人として位置づけられているのみである。ここからわかるように、理事長(経営)が学長(教学)より上に立ち、経営部門が「教学部門を含めた組織編制」も含めた「法人運営統括機能」をもつという経営優位のシステムなのだ。
 国立大学の法人化論議のなかでも、法人の長と学長を分離することには「学問の自由」を脅かすとして特に反対論が強かったのであり、2002年3月26日に文部科学省の調査検討会議が発表した「新しい『国立大学法人』像について」においても、「『大学』としての運営組織とは別に『法人』としての固有の組織は設けない」こと、学長が「法人化された大学の最終責任者として、法人を代表」することがうたわれたのである。また5月15日に公立大学協会が発表した「『公立大学法人』像(第3次試案)」においても、「教育研究機関としての大学の長である学長が、大学法人の最高責任者(法人長)を兼務し、かつ役員会及び評議会の双方を統括する」と明記されているし、8月8日の「公立大学法人の目的と意義」においてもこの点は確認され、「学長が法人の長を兼ねること」など「大学法人の運営に関わる基本的事項」は国立大学法人の例にならいつつ、原則として法律で規定すべきであるとうたっている。もちろんわれわれは、公大協の法人化についての見解を全面的に支持するものではない。特に国家法体系との整合性を理由に国立大学法人にあわせて「非公務員型」を採用するなど、われわれの考えと真っ向から対立する部分も多い。だが学長が経営担当の役員会と教学担当の評議会の双方の長を兼任し、経営と教学の責任を一体的に担うという案については、よりましな大学法人運営の姿として傾聴に値すると考える。今回の「中間のまとめ」における法人運営のあり方が、こうした公大協の議論さえふまえず、あくまでも経営優位の論理に固執していることはまったく理解しかねる。
さらに上記のコロラリーであるが、教授会を含む教学側の権限が非常に小さいことも指摘しておく必要がある。中期目標、中期計画への教学側の参画、イニシアティブが認められていないため、教学は経営側に従属せざるをえないであろう。また教員人事は「教学部門の専管権限」だとされるが、それはあくまでも個別選考のレベルに限られるのであって、「経営的視点、全学的視点に立った適正な資源配分」の観点から決められた経営側の枠組が、人事を行う分野の範囲をあらかじめ限定してしまうという大問題をはらんでいるのである。
最後に、以上のような教職員の身分ならびに法人運営のあり方を決定したプロセスが、教員・職員を問わず東京都の大学に勤務する者に対してほとんど公開されなかったことも問題である。われわれは本年1月31日、2月12日の2度にわたり、大学管理本部に対して法人化に伴う教職員の身分・労働条件に関する解明要求を行ったが、その内容についての回答がなされないまま、今回「中間のまとめ」が登場したのである。教職員の身分や労働条件、それに新大学の運営の基本に関わる問題を、大学の構成員の大部分にその詳細を知らせないまま、ましてや職員の意見聴取や教授会での議論もないままに決定するというやり方は、法人化後の意思決定プロセスがどのようなものであるかを想像させるに十分であろう。
 以上のとおり、「法人化・大学運営分科会関係」の「中間のまとめ」の内容、ならびにその決定のプロセスは大学自治の根幹を堀崩す危険性をはらんでおり、東京都立大学・短期大学教職員組合はこれに断固として反対することを表明する。