意見書
 

就業規則案についての意見

 

2005年 3月17日
東京都立大学・短期大学教職員組合弁護団
弁護士 尾林 芳匡 
弁護士 松尾 文彦
弁護士 江森 民夫
 

 
  当局から示された就業規則案には多くの問題点がありますが、さしあたり3点について弁護団としての意見を述べます。

 1「旧制度教員給与規則」の問題点
  従来の給与は「職員の給与に関する条例」に定められる給料表にしたがって級及び号級を定めて支給され、「良好な成績」の場合には上位の級及び号給に昇給すると規定されてきました。
  「公立大学法人首都大学東京旧制度教員給与規則」は、従来定められていた「給与の額に基づき、旧制度教員給料表(別表一)の級及び号給を定め、支給する」(第3条1項)とした上で、この級及び号給は「旧制度教員として任用されている間、上位の級及び号給に変更しない」(同第2項)としています。

(1)規定上も運用実態に照らしても大きな不利益変更
  提案されている「旧制度教員給与規則」は、「上位の級及び号給に変更しない」と規定されていますので、従来は昇給の可能性があることが規定上明記されていたのと比較し、著しい不利益変更にあたることが、規定上も明白です。
  運用の実態としては、職員の90%を超える職員が毎年1回昇給する運用がなされてきました。この運用実態に照らすと、もし「上位の級及び号給に変更しない」こととなれば、給与総額は著しく減少しますので、実態としても大きな不利益変更であるといえます。

(2)合理性のない「旧制度教員給与規則」
  「上位の級及び号給に変更しない」との規定は、生計費が上昇しても、どれだけ良好な成績をあげても昇給しないとするものであり、給与規定としてまったく合理性のないものです。
  地方独立行政法人法59条により身分が地方独立行政法人に承継されるとしながら、給与規定をこのような不合理な規定に変更する必要性は、何ら説明がされていませんし、組合との誠実な協議も行われていません。
  古くから、最高裁の判例も、就業規則を労働者に不利益に変更することは原則無効であり、例外的に、合理的な変更の場合にのみ有効になるとしてきました(秋北バス事件、最高裁大法廷昭和43年12月25日判決)。
  その後もこの例外がルーズに認められることのないように、厳格な解釈がされており、大曲市農協組合事件、最高裁第三小法廷昭和63年2月16日判決は、「特に、賃金・退職金などの労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずる」としています。
  このように、労働者の被る実質的な不利益と、それをあえてしなければならないほどの、企業の高度の必要性との比較衡量から、就業規則変更の合理性・相当性の有無を判断することが、確立された判例理論となっています。最近の判例も、みちのく銀行事件、最高裁第一小法廷平成12年9月7日判決は、この判例理論を再確認しています。
  あらゆる裁判例に照らし、このような不利益変更は違法であると言えます。

(3)地方独立行政法人法にすら違反
  地方独立行政法人法は、問題の多い法律ですが、その法律でさえ給与について次の通り規定しています。
(職員の給与)
第57条 一般地方独立行政法人の職員の給与は、その職員の勤務成績が考慮されるものでなければならない。
  2 一般地方独立行政法人は、その職員の退職手当以外の給与及び退職手当の支給の基準をそれぞれ定め、これを設立団体の長に届け出るとともに、公表しなければならない。これを変更したときも、同様とする。
  3 前項の退職手当以外の給与及び退職手当の支給の基準は、当該一般地方独立行政法人の業務の実績を考慮し、かつ、社会一般の情勢に適合したものとなるように定めなければならない。

 職員の勤務成績が考慮されず、かつ、業務の実績も考慮しないと明記する以上、規定それ自体が地方独立行政法人法にすら違反すると言うほかありません。

 2 文書配布等
(1)文書掲示等の許可制
  就業規則案は、「任命権者の許可なく文書を他に示し、又はその内容を告げる等の行為をしてはならない」としています(36条4項)。

(2)施設管理権をもってしても教職員の人権を侵せない
  法人に施設管理権がありますが、職場の円滑な運営上必要かつ合理的なものであることを要し、事業場の風紀秩序を乱すおそれがないと認められる行為については、施設管理権を根拠として禁圧することは許されません。また、施設管理権といえどもそこではたらく教職員の人格や基本的人権に対する行き過ぎた支配や拘束となるものは許されません。裁判例もこのような立場から企業その他の施設の施設管理権に一定の合理的な限定を付する解釈を確立しています。
  最高裁目黒電報電話局事件判決(昭和52年12月23日民集31巻7号974頁)は職場内のビラ配布等について「実質的に事業場内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情」があれば懲戒処分の対象とはならない旨を判示し、これを受けて昼休み時間中に工場食堂内でビラを平穏に配布した行為について「実質的に事業場内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情」があったとして就業規則違反とならない旨の判断をしています(明治乳業事件・最高裁昭和58年11月1日判時1100号151頁)。
  さらに、事業場において労使関係上の労働者の権利について組合がその主張をするために組合活動としてなされるビラ配布については、組合活動としても保護されています。たとえば企業の正門と歩道の間のビラ配布について「作業秩序や職場秩序を乱されるおそれのない場所であった」ことを理由としてこの配布行為に対する懲戒処分を無効と判断し(住友化学工業事件・最高裁昭和54年12月14日判例時報956号114頁)、私立学校の職員室におけるビラ配布について配布方法が平穏で生徒があまり入室しない時間帯になされていることから職場規律を乱すおそれのない特別の事情があるとして就業規則の懲戒自由にあたらないと判断しています(倉田学園事件・最高裁平成6年12月20日民集48巻8号1496頁)。

 3 懲戒手続規定の不備
(1)懲戒規定
  就業規則案は一般的な懲戒規定をおいています(45条、46条)。使用者には労働契約上の具体的な根拠があれば、一般に懲戒権がありますが、懲戒事由は具体的でなければならず、かつ、懲戒権は懲戒事由に応じて相当な内容のものでなければならず、「客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合」には権利濫用として無効になります(ダイハツ工業事件・最高裁昭和58年9月16日労働判例415号16頁等)。
  また、懲戒規定はそれが設けられる以前の事実に対して遡及的に適用されてはなりません。したがって、2005年4月1日に制定される規定を発動して2005年3月31日以前の事実について懲戒権を行使することは許されません。

(2)適正手続の保障が必要
  懲戒処分の発動については、適正手続の保障が必要です。職場に労働組合がある場合には、労働組合との事前協議が必要ですし、本人に弁明の機会を与えることも当然必要です。こうした当然の適正手続を経ていない懲戒処分は、懲戒権の行使として無効となります(長野油機事件・大阪地決平成6年11月30日・労働判例670号36頁等)。
  まして教員の場合は、従来教育公務員特例法が転任、降任、免職その他の懲戒について評議会の審査等の厳格な手続が保障されてきました。これは、学問の自由と大学の自治を保障する(憲法23条)ために、教員の学問研究や発言の自由を特に保障しようとしたものです。地方独立行政法人法も、設立団体は「公立大学法人が設置する大学における教育研究の特性に常に配慮しなければならない」と規定し(地独法69条)、学問の自由と大学の自治を最大限保障すべきことを定めています。
  したがって、就業規則には教特法と同様の慎重な懲戒手続を規定し、教職員の人権と学問の自由・大学の自治を保障すべきであり、懲戒手続規定の欠落した就業規則案には著しい不備があるものと言えます。
                                                                以 上