2305号
 

この「手から手へ」は全教職員へ配布しています。

全学のみなさんへ
新大学設置認可を受けて ――現状評価と課題――

 東京都立大学総長 茂木俊彦
2004年10月7日

 

 9月21日、大学設置・学校法人審議会は都の新大学(首都大学東京)を2005年4月に開設することを認可するよう文部科学大臣に答申、同月30日認可された。しかし、新大学は2003年8月の前計画の廃棄に発し基本計画の策定から詳細設計にいたる開設準備の全過程でさまざまな問題を抱えていた。このことは、審議会答申が都の期待した7月にはなされず継続審査となったこと、2003年10月の都立大学総長声明、2004年1月の都立大学評議会見解をはじめ、学内外から数多く発信された声明・要望などを見れば明らかであろう。事実、今般の答申は多量の「留意事項」を付して行われた。それらを見るだけでも新大学の開学のためには解決を急ぐべき多くの課題があることを改めて認識せざるをえない。

 また、今回の答申・認可には含まれないものの、同時に計画されている公立大学法人への移行も、もし設置者の財政負担削減や大学組織の自律性の大幅な制約のみを狙いとして進められるのであれば、誇るべき都民の財産として発展を遂げてきた本学の研究教育の蓄積を維持し、また激しさを増しつつある大学間競争に勝ち残り、さらに長期的視野から人類文化に貢献していくことはきわめて困難となるであろう。

 残念なことに、来年度に向けた開学準備も、われわれが再三にわたって求めてきた「協議」を避けるために、敢えて組織としての大学には協力を求めず、少なくともこれまでは、全体を統括する責任体制も作業の明確な見通しも欠いたまま進められて来たのが実情である。実際、すでにさまざまな面で著しい遅滞が生じており危機的状況に至っていると言っても過言ではない。東京都は、この状況を早期に打開するために、今こそ設置審の付した留意事項ならびに大学の意見を真摯に受け止め、可能な限り改善の努力を行うべきである。これまであまりに不十分であった教育研究機関としての大学の特性への特段の配慮が不可欠だからである。

 同時に、残存する現大学(3大学・1短大)の運営体制の検討が経営・教学の両面にわたりまったく不十分であり、学生、教員の間に深刻な不安が広がっていることを指摘しておかなければならない。設置者権限に属するとして一方的に現4大学を廃止し法人のもとに「首都大学東京」の開設を決めたのは東京都である以上、学生をはじめとする関係者に不利益が生じないようにする義務と責任がもっぱら都にあることは言うまでもないであろう。新大学の開学および新法人の開設準備に全力をあげるべきであるが、それだけに目を奪われ、法人のもとでの現大学の運営体制の整備が遅れ、在学生に深刻な被害が及ぶことを危惧する。

 私は、本学の教員・職員が、日常的な業務に加えて新大学の準備作業のために額に汗して奮闘してくださっていることに心から感謝し敬意を表する。総長としては、その職の責任を自覚し、これまで通り今後も、学内構成員の意見・要望に真摯に耳を傾けつつ、都の開学準備に向けた会議等の場において必要な意見の表明は行っていく所存である。以下に記すのは、設置認可を機に大学管理本部が自らの取り組み方の全体を改めて点検するとともに、特に留意して取り組むべき課題や考察を深めるべき課題のいくつかである。最低限これらに迅速かつ誠実に対応することが「首都大学東京」および現大学のいずれもが生き生きと機能していくために必要であり、同時に本学構成員の努力に適切に呼応する道である。

 もとより私の基本認識や個々の問題の指摘に過不足がないとは思わない。まして無謬だとは考えていない。この見解がみなさんの注目と議論の対象となり、ひいては学内構成員がエネルギーを高めて課題解決のために取り組んでいく一つの契機になることを期待している。

1.新大学の問題

1)都市教養学部

 この学部の準備に関連して第1に指摘したいのは、全学の基礎的教育を進める中核となるべき基礎教育センターについて、現段階でなお、その役割・任務も組織体制もほとんど未確定であるということである。情報教育の内容と方法をはじめ基礎・教養の教育の検討が大幅に遅れているのはこれと無関係ではない。さらにこのセンターと学生サポートセンターの任務の分担と連携はどうするのか、基礎教育センターと学生サポートセンターの両者は、基礎・教養段階と学部専門教育段階にそれぞれどうかかわるのかについても十分な解明がない。さらに言えば、ファカルティ・ディベロプメント(FD)の取り組みは基礎教育センターが担うのかどうかといった問題も明確でない。新大学の開設準備においては、これらを早急に確定し、それと結合していっそう体系的な教育課程の編成に向けて前進することが重要であり、それが新大学に入学してくる学生に対する責任を果たすことでもある。

 なお設置審の留意事項に「名称に『都市』を冠する『都市教養学部』の教育理念を一層明確にし、これにふさわしい特色を持つ体系的な教育課程の編成に一層の配慮をすること」とある。「教養」という普遍的概念に「都市」という特殊限定的概念を接木することの分かりにくさを指摘したものと理解してよいと思われるが、この点はわれわれがつとに指摘してきたことである。われわれは「都市教養」なるものの理念があいかわらず不明確であること、人・法・経・理・工という本学現行5学部を廃止して大括りにする組織構成に無理があることから目をそらすべきではない。上記の作業の遂行と並行して、学部の名称、理念等に関して学内構成員の意見交換を引き続き行い、場合によっては学部名称の変更もありうるという見通しをもって今後に臨む必要があると考える。

2)都市政策コースとインターンシップ

 都市政策コースは、大括りの学部構成の象徴であるはずである。だが、いまだに管理本部はコースの教育理念、教育課程に関して具体性をもって決めるに至っていない。設置審がこれについても懸念を表明しているのは、まことに正鵠を射ている。分野横断型の教育研究が成り立つためには、まず「分野」が確立しそれぞれ独自の教育課程が整備されていることが前提であることは自明の理である。それゆえに困難も伴うし、拙速は避けるべきであるが、本コースの内容等の具体をできるだけ早く整理して内外に示す必要があろう。

 また、インターンシップは当面は選択制にすることで落ち着いた。だがこれを本格実施する方向をとるのであれば、その目的、実施方法等に関する相当にていねいな検討が欠かせない。1,2年生のインターンシップと3,4年生のそれとは、目的も性格も異なると考えるのが自然であり、実施方法も同じであるとは限らないといったことはその一例である。

3)単位バンク

 学生の履修形態の多様化、利用可能な教育資源の拡大という意味で、単位バンクの考え方にもそれなりの利点が含まれていることは否定しない。しかしながら、大学間の教育資源の開放が全国的システムとして整備されるどころかその兆候さえない現状では、まず現行の単位互換制度・単位認定制度の拡充から始めるのが現実的対応であることもまた確かであろう。とりわけ、大学管理本部の原案にあるような科目登録委員会と学位設計委員会の考え方は、学校教育法等で定められた教授会の教育課程編成に関する責任と権限に抵触する恐れがある。設置審の付した留意事項に、「関係組織間の適切な連携の下、単位バンクシステムや学位設計委員会等の新たな試みが円滑かつ有効に機能するよう努めること」とあるのは、まさにこの点を指した問題提起だと見るべきである。

2.現大学の運営について

1)在学生の学習権保障(教員転出、学則)

 今回の新大学への移行にあたり、何よりも留意すべき重要な問題が、現大学の学生・院生の学習権保障であったことは言うまでもない。東京都が、法人のもとに期限を切って現4大学を存続させるという複雑な手続きを採ったのもそのためであった。しかし現状を見ると、新大学と法人の開設にのみ注意を奪われる結果、現大学学生への配慮が後回しになりがちとなっている。とりわけ他大学等に転出する教員が続出しているにもかかわらず、後任の採用はおろか非常勤対応さえ不十分にしか行われないことは深刻な問題と言うべきである。これによる教員スタッフの著しい貧困化は、残った教員による埋め合わせが可能な範囲を超えており、本学における教育サービスの質に直接影響することは否定しようがない。必要な措置をとることが喫緊の課題である。

 また、現大学の学則に関し、法人化に伴う不可避な改訂は別として、新大学の学則に機械的に倣う改訂を行うことによって、現在の学則に保障された学生の諸権利を侵すことになることがあってはならない。

2)来年度の教務(カリキュラム・時間割編成等)

 新大学の来年度カリキュラム・時間割編成等には深刻な遅滞が生じている。多くの欠員を抱える中で現在に至るまで非常勤講師枠すら決定に至っていないことは遅滞の典型例である。建設中の新校舎の備品・管理体制なども詳細は未定であり、このまま推移すれば、仮に何とか授業開始となったとしてもさまざまな面で混乱は避けがたい。もとより本学は、総合大学としての経験に照らし新大学の教務について全面的協力を惜しむものではない。しかし、そのためにはまず予算措置を含めた全体の方針を早急に定めたうえで、教育研究の実態に通じた大学側に必要な権限とイニシアチブを分与することにより、機動的な対応を図る必要がある。この点について管理本部は、従来とってきた考え方と手法に固執することなく、適切に対処するべきである。

3)事務体制・学生サポートセンター

 事務組織体制・学生サポートセンターについても、詳細はまだほとんど何も決まっていない状態である。にもかかわらず大学管理本部は検討の過程を公開せず今に至ってもなお机上の設計を繰り返しているように見える。大学の実情に疎い行政組織による教学事務体制等の検討は非効率かつ非現実的である。準備の遅れとリアリティを欠いた設計が放置されれば、それらはすべて新入生と在学生双方に多大な犠牲を強いる結果にしかならないことに思いをいたすべきである。

 なお管理本部は学生サポートセンターを教員組織と分離して法人の一組織とする方向を示している。そのようなことで学生の多面的なニーズにまともに対応できるかどうか、慎重な検討が求められよう。

4)現大学に残る教員の研究教育条件

 今回の大学改革の手続き上の問題についてはここでは触れない。しかし、改革問題が起きて以来、とりわけ昨年夏の前計画の廃棄以降、多くの教員が転出しあるいは現大学残留の道を選んだことは忘れてはならない事実である。4大学の中では特に本学にそうした新大学非就任教員が集中しており、総長としてはそれだけ重大な関心を持たざるを得ない。しかし同時に、現大学にとどまる教員の今後の研究教育条件の検討が後回しになり、まだ何の方針も示されていないことは遺憾であり、今後深刻な人権問題にも発展する恐れがある。たとえ新大学への移行を希望しなかったとはいえ、かれらが東京都(法人移行後は公立大学法人)の雇用する正規職員として、これまで通り研究及び在学生への教育の任にあたる点で何ら変わりはないことを改めて認識し、検討を即座に開始して早く適正な結論を得るべきである。

3.法人化に向けての課題

1)定款(含む学則)

 新法人の定款は、7月にその「たたき台」の提示があり、これに対する関係部局の意見も徴集されたが、最近になってようやく管理本部からそれら意見への回答が示された。しかし、残念なことに、都側に大学の意見に真摯に耳を傾け、誠意をもって改善を図る意志がほとんどないことが明らかになったに過ぎない。これは同時に行なわれた教員の身分・労働条件についての回答(次項参照)についても同様である。役員会すら存在しない中での理事長権限の突出、事務局長を学長と並ぶ副理事長とすることによる経営部門への教学部門の従属、教員の選考・昇任等人事にかかわる教授会自治の弱体化、学長選考手続きの非民主性、現大学学則の取り扱いなど、定款「たたき台」は全体に大学の特性への配慮があまりに欠けており、法人下での大学業務の発展の観点からも深い危惧を抱かざるを得ない。何よりも人で成り立つ大学経営において、成功するための経営感覚とは何かを学び直しつつ相当な見直しを行う必要があろう。

2)研究教育条件・教員の身分

 これに対する回答の内容もまったく不十分である。すでに多くの教員が流出していること、新規教員公募の著しい低調さなど、すでに明らかになっている否定的兆候から学ぶべきは、教育研究の質を確保するにはもっぱら研究教育条件を整え組織の士気を高揚するしかないということである。長期的見通しに立った慧明な経営戦略を欠いたまま、いたずらに運営経費を削減し組織の自発性を萎縮させることは、大学においては自殺行為に等しいということを強調しておきたい。

                       以上